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20124/29

4・29【大統領選直前、サルコジの本拠地・パリ16区で見たものは?】中島みゆき

えー、初めまして。
花見の席でパリに行くと話した手前、ここは一つフランス大統領選であやをとらねば…と初執筆です。第1回投票日直前、コルビジュエ建築を訪ねて歩いたパリ16区での体験を軸に「自由の国」の「花の都・パリ」を見てみます。

今回のパリは、トランジットを利用して、大学時代のゼミ(近代政治思想史)で実物も見ずに論じていた19世紀末~第2次対戦前までの建物や街路を見に行く、という後ればせながらの罪滅ぼし企画。

近代建築の巨匠、ル・コルビュジエやアール・ヌーヴォー建築の旗手、エクトール・ギマールら著名建築家による建物は、パリ16区に多く現存している。16区は日本でいうと田園調布的な地域。パリ市の西端、セーヌ川を挟みエッフェル塔の対岸からブローニュの森まで、高級住宅地が続く。19世紀にパリの人口が激増し下水道未整備による悪臭など住環境の悪化を嫌った新興ブルジョアや高所得者が風上の市内西側に移り住み、19世紀末から20世紀初頭にかけて多くの住宅が建築された。

その一つ、コルビュジエ初期の代表作、ラ・ロッシュ邸を訪ねた時のこと。

近くに1軒しかないレストランで昼食をとった。メニューはアラカルトのみで1品20~40ユーロ。私は地味にメイン+パン+水をオーダー(笑)。隣では上品な老夫婦が苺タルトを食べている。いかにも近所から来ました風だが、デザートまでだと1人50ユーロはするはず。日常的にそんな昼食を?…と考えているうちに2人は去っていった。テーブルを見ると、銀のトレーの上に10ユーロ札が。チップだ(!)。さらに隣を見ると、ビジネスマン風の30~40代男性が2組、平日昼から著名ブランドのシャンパンを開けて談笑している。これは映画か?と思うような光景がリアルに展開されていることに軽い衝撃を覚えた。

「あの方たち、オシゴトは?」と、案内してくれたパリ在住歴10年のHさんに尋ねると、「大丈夫なのよ、きっと」との答え。「フランスは階級社会なので平社員として入社すれば一生ヒラ、幹部として入社すれば最初から幹部、途中で変わることはまずない。軍幹部や政治家になる人はほとんど特定の学校出身。政策的な配慮からそこに労働者階級の学生を進学させても、暮らしぶりが全く違うので結局なじめず地元に戻ったりしてしまう。結果的に支配階層が固定化されてしまうのよね」と。

そんな話を聞いてしまうと、宙に浮かぶように白く美しいラ・ロッシュ邸にも違う側面が見えてくる。

ラ・ロッシュ邸はコルビュジエが自らの支援者であり美術好きの銀行家、ラウル・ラ・ロシュ氏のために設計した住宅。1923年から25年にかけて建設され、コルビュジエが「新しい建築の5つの要点」とした「ピロティ」「自由な平面」「自由なファサード」「連続水平窓」「屋上庭園」を初めて備えた住宅として知られる。ピロティにより地面を、屋上庭園により空を解放した画期的な建物だが、最下階には召し使い部屋と台所が配され、主人の動線と召し使いの動線は交わることがない。近代の自由な建築の象徴においても、階層は固定化されたままなのだ。

この「階層の固定化」は、先日の大統領選第1回投票の結果にもくっきりと現れた。得票結果の地図、パリの部分を拡大して見てほしい。

http://fr2012.election-maps.appspot.com/results/embed?hl=fr

モンパルナスのある14区、モンマルトルのある18区を境に東西まっぷたつ。16区(サルコジ氏64.85%、オランド氏14.53%)のサルコジ支持の高さと、20区(オランド氏43.09%、サルコジ氏18.15%)でのサルコジ不人気ぶりが著しい。

富裕層は西へ、貧困層は東または郊外へという19世紀以来のセグレガシオン(segregation=階層別住み分け)の影響が明確に見られる。16区はサルコジ氏の本拠地で、前回決選投票では8割を超す得票を得ている。20区は移民の多い地域で「国境管理の厳格化」を掲げたサルコジ氏が左派・メランション氏に激しく追い上げられるのも無理はないが、ここは選挙の争点、税制に絞って両候補の政策を見てみる。

フランスには富裕税(ISF、Impot de solidarite sur la fortune)という税金がある。不動産や株式などの資産から負債を引いた純資産が一定額を超えた世帯に課せられる税金で、1982年にミッテラン政権が導入。その後一時廃止されたが89年に復活した。パリの中で納税世帯数ベスト7は16、15、17、7、14、6、8区(10年)。サルコジ支持の高い地域とほぼ重なる。ちなみに16区の納税世帯数は2位の15区にダブルスコアに近い数字でダントツ1位だ。

サルコジ氏は07年の当選以来、この富裕税を課税最低額の引き上げや控除の拡大などにより一貫して骨抜き化してきた。11年の税制改革では課税資産評価額の下限が80万ユーロ(10年)から130万ユーロに引き上げられ、高額資産保有者の税率も大幅に引き下げられた。これにより56万あった課税対象世帯は25万人に、富裕税の税収は39億ユーロ(11年)から23億ユーロ(12年)に減少すると予測されている。

その一方でサルコジ氏が打ち出しているのが、日本の消費税に当たる付加価値税の引き上げだ。現行の所得税制は、年収7万ユーロ以上の所得層に個人所得税41%を課税しているが、低所得などで課税対象外となる世帯が約半数に上る。サルコジ氏は広く負担を求める付加価値税を現行の19.6%から21.2%に上げる考えを表明している。

これに対してオランド氏は「最高富裕層の所得税率を引き上げることで2011年に現右翼政権によって導入された富裕税軽減策を見直す」として「年収15万ユーロ以上の所得層に45%の個人所得税を課す」ことを公約している。また「年収100万ユーロ以上の高所得者層の所得税負担率を75%にする」方針も明かにしている。これにより福祉の充実を図る考えだ。

広い負担vs富裕層課税強化。この違いは選挙運動にも現れていた。短い滞在中だが、オランド陣営の大衆アプローチが印象に残った。通勤時間帯のメトロ入り口や休日のマルシェでオランド氏のチラシやリーフレットを受け取った。レアル地区10階屋根裏部屋(エレベーターなし)に住む前述のHさん宅にもオランド陣営の運動員だけはやってきたという。

オランド陣営は支持者がチラシなどの選挙ツールをダウンロードしたり、個別訪問の方法をマンガや動画で見ることができるアプリを作るなど、ソーシャルメディア戦略が充実している。ツイッターフォロワー数はオランド氏25万人、サルコジ氏18万人。ざっと見たところ、ソーシャルメディア運営はオランド陣営の方が上手い印象がある。

「自由の国」の「花の都」で見た階層固定化の現実。オランド氏はそれを切り崩すことができるのか。その際ソーシャルメディアはどんな貢献をするのか。この辺りはぜひ仏文専攻、山脇センパイのご意見も聞いてみたい。

前川センパイのあやに戻ると、パリ郊外にサヴォワ邸(コルビジュエ住宅の代表作)を見に行く途中、5月革命の発火点といわれるナンテールの町を鉄道(RER)で通った。パリの華やな空気は消え車内はうす暗く降りる乗客は有色人種が多かった。ナンテールの第1次投票結果はオランド氏40.16%、メランション氏18.57%、サルコジ氏17.38%。メランション氏がサルコジ氏を上回っている。

私が新聞社に入った89年、東西ドイツの壁が崩壊した。大学時代「近代がどのように形成され、自由や民主主義という概念が中層市民から大衆に共有されていったか(そしてどんな限界があるのか)」というテーマを建築やデザイン、メディアや大衆文化を素材に考えていた。あれから20余年。今回のパリ行きには、ジャスミン革命を経た今、もう一度原点を確認したいという思いもあった。1968年→1989年→2011年…間違いなく歴史の延長線上に私たちは生きている。そんな思いを強くしたパリなのでした。

エドガー_キネ(14区)のマルシェで支持を訴えるオランド派運動員

 

中島みゆき(なかじま・みゆき)
新聞記者。経済部、学芸部、デジタルメディア局などを経験。9.11後にネット上の声を集めた「非戦」(坂本龍一監修・幻冬舎)編集に参加、デジタル時代 のメディアのあり方に関心を持つ。05年11月、全国紙で初めてブログ機能を取り入れた双方向の読者サイトを設立。5年間、管理人として読者との対話にい そしむ。10年、全国初のツイッター連動新聞を発案。初期の「中の人」を務めた。同年4月から慶応義塾大学メディアコミュニケーション研究所非常勤講師。 名前は本名ですが「地上の星」への道は遠いような…。家族は熊のような息子が一人。前川センパイは学芸部時代の取材先です。

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