
84歳「タヌキ」さんがソーシャルメディアに託したこと
■78歳のチャレンジ
私が管理人を務めた読者サイトの最高齢常連投稿者、「タヌキ」さんの訃報が届いたのは、三浦雄一郎さんのエベレスト登頂が華々しく伝えられた日のことだった。享年84歳。4月27日に私個人のフェースブックにコメントいただいたのが最後になった。1929年生まれで「戦争だけは二度としてはいけない」と口癖のように言っていたタヌキさんが、ソーシャルメディアに託した思いを振り返りたい。
タヌキさん(本名・綿貫裕子さん)を知ったのは、2005年11月にスタートした読者サイトのコメント欄だった。全国紙で初めてブログ機能を多用し、承認制ではあるものの「記者の目」などへの感想を書けるようにしたサイトに、タヌキさんは日課のようにコメントを書き込んできた。内容から高齢であることは類推できたが、筆致や政治経済含めどんなテーマにも積極的にコメントしてくる姿勢に、若々しさすら感じていた。
初めて実際に会ったのは07年12月のこと。サイト上で行った某社スーパーメガバーガーの試食券プレゼントに「おいしそう!」と反応してきたのがタヌキさんだった。生年月日を見て「まさか」と思いながら「本当に食べますか?」と聞いたところ「食べてみたい」とのことだったので、急きょ78歳のおばあちゃんが若手編集部員と銀座で巨大ハンバーガーを食べるという企画を組んだ。
内容が内容なので健康上問題ないかなど何度も確認し、当日はタヌキさんが働いていた虎ノ門の特許事務所まで迎えに行った。タクシーの中で戦争で父と生き別れたことや女学校を出て大学に進学したかったのにできなかったこと、一度修道院に入ったが俗世に戻ったことなど身の上話を聞いた。タヌキさんの人生は戦中・戦後と激動の日本史そのものだった。
ハンバーガー店でタヌキさんは、パテが3枚入ったスーパーメガバーガーをおいしそうに完食した。その食べっぷりは某社広報の男性陣がどん引きするほど力強いものだった。聞けば、戦争中に十分に食べられなかった経験から、今でも食べることが大好きなのだという。「戦争だけはいけません」「子どもにちゃんとご飯を食べさせられる世の中でなくてはいけません」という言葉に、なんともいえない説得力があるタヌキさんだった。
この日の経験をタヌキさんは自身のブログに「孫ができた」と記している。若手編集部員との交流をうれしそうに書き、メールでのやりとりは亡くなる直前まで続いた。

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