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201112/16

「マーライオンが見つめる先」 - 鈴木宏治

Merlion’s Tree

 志村一隆さんの「余人を以て代え難いシンガポール」の中で、「1ヶ月後に又、おいで。風景がいまと全然違うからと」とふれられていた。その12月のシンガポールに先週仕事で訪れた。志村さんのブログを読んだのも、まさにその際、滞在したホテルの一室であった。
 シンガポールには仕事で訪れること度々であるが、回数を重ねるにつれ大概は慌ただしく時間を過ごすことに慣れてしまっていた。今回も例に洩れず、多分にそのつもりではあったが、志村さんのブログのその言葉が滞在中、妙に心に残っていた。
 シンガポールは通常この季節は雨期にあたるが、日本の梅雨とは少し異なり、雨が一日中降るようなことはなく、日中の陽射しで上昇した温度を適温に戻すようにさっと降る通り雨で、私は決して嫌いではない。そして北緯たった1度、ほぼ赤道直下と言ってよいシンガポールにも当然の如くクリスマスシーズンが訪れる。特に、公用語を英語と定めたこの潔いアジアの「獅子の国」は、それを受け入れることの抵抗は極めて低いのであろう。街中は南国がもつ温和な色彩とクリスマスツリーのオーナメントが放つ輝きが見事に融和する。面白いのは獅子の国の象徴マーライオンを模したツリー、Merlion’s Treeである。融和、そして融合の極みである。

獅子の国の潔さ

 ご存知のとおり、そもそもマーライオンというシンボル自体が、ライオンと魚(人魚)の融合体である。この国のカルチャーの根底を正確に語ることは私にはできない。ただ、この国の経済とビジネスという実業の中には、バリアーを低く構え、狙いを定めたものを取り込み、そして迷うことなく融合させていく姿勢を実感する。
 バリアーを低くするという姿勢は、外国資本誘致を基礎とした輸出型経済を見事に体現させたわけであるが、それは資源に乏しいこの小国を成立させるうえでの必要条件であったと同時に、人、物、金そして情報といった資本主義社会のトランザクションに対する媒体的アイデンティティーを生み出したと思える。シンガポールという国は、国そのものが広義な意味でメディア(媒体)なのではないか。そこではトランザクションがただ単に伝達されるだけではなく、バリュー(価値)を付加するための、融和と融合の場としてのメディアが構築されて来たのではないか。

 誤解を恐れず述べるなら、シンガポール建国の段階において、たくさんの移民の間で文化と呼べる共通項が無かったからこそ、即ち、守るべき文化的アイデンティティーが無かったからこそ、バリアーを低く構えるという徹底した開放性を選択できたと言える。初代首相リー・クアンユーの政治は開発独裁とうたわれるが、その強力なリーダーシップの根底には、徹底した開放性につながる寛容性を私は感じる。明確な文化的共通項を有する日本においては、(それが故に)潜在的にもつ鎖国性から来る、「守る」という潔さがある。しかし、それとは全く真逆の意味で、この獅子の国の徹底した開放性に、私は「受け容れる」という潔さを感じずにはいられない。

マーライオンが見つめる先

 シンガポールがマレーシアから独立、そして建国を迎えてからの年月は、考えてみると私の年齢よりも若く短い。それでもおよそ半世紀の間、徹底してこだわり続けたこの開放性という特質は、シンガポールにおけるビジネスの日常の中に浸透し、いくつかの特色を生み出している。仕事でシンガポールを訪れる度に思うことの一つに、女性のポジションの高さをあげることができる。それは、例えば会社の中での職位という単純な意味においてもそうである。想像以上に女性が重要な仕事を任されている。実際に私の会社などでもシンガポール・オフィスの上位管理職、例えばマーケティング、ファイナンス、人事などのトップは全て女性である。シンガポールが体現した開放性は、対外的な意味のみならず、自らの社会構造の中においても公平に開かれていったのではないか。
 また、この女性の登用という事実は、国そのものがメディア(媒体)的アイデンティティーを持つという考察と、あながち無関係ではないように思う。彼女たちは、所謂、我が強いキャリアウーマンというイメージとはかけ離れている。むしろ、寛容でソフトなタイプが多い。必要なデータや伝えるべき情報を寛容に受け入れて、非常にうまく価値を補足し、それを実にスマートに伝えるのだ。おそらく、英語という論理的な言語を使って、そういったプロセスを実行する訓練を教育の過程で受けているのであろう。情報を寛容に受け入れ、スマートに伝えることは、金融、貿易、サービスというシンガポールが得意とするビジネス分野では絶対的価値があると言える。そして、これは女性が本気になると男には太刀打ちできない部分である。リー・クアンユーも「私より優れた頭脳をもつのは妻だけだ」とコメントしている。

 シンガポールは今後もメディア的アイデンティティーに磨きをかけてくることだろう。Merlion Parkに建つマーライオンがいまじっと見つめる先には、屋上にプールを乗せたあのマリナ・ベイ・サンズが在る。夜になると何色ものレーザー光を放ちライトアップされ、シンガポールの夜を染め上げる。世の潮流に合わせて如何なる色にも変化する、それが獅子の国のアイデンティティーと言わんばかりに。
 ところでこのMerlion Parkのマーライオンであるが、今年の5月に訪れた際は、シンガポールビエンナーレというイベントの期間限定企画で、赤い建屋にすっぽりと囲まれ、Merlion Hotelと称して一晩に一組だけ宿泊できる施設に変わっていた。自国のシンボルの真ん前にキングサイズベッドを置いて、カップルに開放してしまったのだ。何と云う徹底した開放性! しかし。。ベッドの真上からマーライオンに一晩中見つめられては、それはそれは気になるだろうなと考えるのは、閉鎖的根性を正当に継承してしまった私のような日本人だけだろうか。

鈴木 宏治(すずき こうじ)
1964年生まれ。大阪府出身。
1989年立命館大学・博士前期過程で生物物理学の学位を取得。同年、日本IBMに入社。日本オラクル、米国Oracle社、Agile Software社など外資IT企業でのマネジメント職を歴任し、現在はF5ネットワークスジャパン(株)プロフェッショナルサービス本部 本部長。コンサルティング・ビジネスを統括。ジャーマンシェパード・ドッグを心から愛し、愛犬との早朝の散歩は二日酔いでも欠かさない。

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